ねこ

21世紀になって早15年。
2000年といえば、僕が高校3年生のときで全日本プロレスに夢中になっていた年頃だ。

その頃は、ポケットベルから卒業してPHSを経て携帯電話を使い始めたころだった。
メールのカルチャーもようやく浸透し始めたころだった。
その後、大学へ進学し、その過程でパソコンを使うようになって、キーボードに向かう時間が増えていった。

いまでこそ、スマホやノートPCに向かう時間が一日の大半を占めるようになったが、
当時、学生だった僕はレポート用紙を携帯し、直筆で物事を考えその紙面に文章を書いていた。

高校生のころ興味本位で写真部に入部した。
それまで小学校からサッカーを続けていた僕は文化部である写真部に掛け持ちというスタイルで写真部の門を叩いた。とはいえ、部員は僕と友人くらいなもので友人が部長をして、僕は副部長と担当した。
何も知識はなかったが、やりながら写真の現像やプリントをそれらしく暗室にこもっていた。

文化祭では、プロレスラーの写真を展示したり、
卒業式ではお気に入りの先輩を写真部という名目で撮影しまくっていた。
そこに大した意味はなかったが、そうやって過ごす学生生活は楽しかった。

昼休みの空いた時間には図書館に行って、
ホンマタカシの写真集をぼんやりと眺めていた。

時代の流れに乗って、デジタル一眼レフカメラを使った時もあった。
その利便性は素晴らしいもので、今も銀塩カメラと並んで使っている。

デジタルカメラと銀塩カメラを併用することで、
それだからこそ感じることはたくさんある。

3月に行ったトリップの写真ようやっと整理ができた。
現像してプリントして、選別してスキャンして、
やっとWeb媒体で使用できる状態になった。
この過程を経てみるとたくさんの作業がデジタル化の中では省略されやくすくなっていることに改めて気がつかされた。

今回のトリップをまとめるにあたって、一つの新たなチャレンジを試みている。
それは原稿を手書きで書くということ。

キーボードボケした脳は、
日本語を書くという思考について行けず、全くもって不効率きわまりない。
とはいえ、その過程が無駄になるかどうかは、合理的に説明することはできないが、
今の僕にとっては必要な作業だと思っている。

どうもその過程には、熟成や発酵や腐敗がありそうで、
じわじわと染み渡る何かが潜んでいそうな気がスル。

いつもより時間はかかるかもしれないが、
今回はこういうスタイルにチャレンジして自分のシマトリップを表現してみようと思う。

あえてアナログで。

 

 

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borneo
4月の新生活感に踊らされるように、思い立ってブログを書いてみることにする。

Shimatripのある生活がはじまって1年以上が過ぎた。

日常として仕事をしながら、
数ヶ月に一度、編集部の仲間と島へとトリップする。

それは
週末の夜にクラブにくりだすことと同じかもしれない。
いい波があれば乗りにいくことと同じかもしれない。
雪が降れば滑りに行くことと同じかもしれない。
草むしりや収穫に畑に行くことと同じかもしれない。

いずれにしても、
精神を集中させたり、解放したりすることが、
人には必要で、その集中と解放の関係性が日常と非日常を作り出している。

島には、日常と非日常が混在していて、
そのトリップ感とカオス感が堪らなく魅力的に映る。

そんなことをぼやきつつ、今年も島旅のある生活を実践していきたい。

 

 

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Siciliy01

そこはとても大きい島で、当時は「島」にいるという感覚はなかったのだけど、
今こうして考えてみるとあの時のあの島に滞在した体験がShimaTripに繋がっているのだと思う。

そして、その島で過ごした原体験を少しだけ書き綴ろうと思う。

シチリア島のミラッツォという港町に2週間滞在した。今から10年くらいまえのことだ。

ミラッツォは、シチリア島から突き出した半島にある街だ。半島自体が高台になっていて、そこには住宅地が広がっている。
高台から崖を降りるとワクワクするようなビーチが広がっている。
相模湾の黒い海がデフォルトの自分としては、目の前に広がる限りなく透明な海に恐怖感を強く覚えたのを記憶している。

高台に住む多くの住人はビーチに行くためには、急な崖を何とかして降らなければならない。
整備された道を車で降りるならば、遠回りをして限られた道を通らなければならない。
とにかく面倒な構造のなのだ。そこで、獣道の様なトレイルが発達していて、住民はそのトレイルをサッと下ってビーチへとくりだす。
それがミラッツォスタイルなんだと思う。

僕が滞在していた理由は、このトレイルの整備するプロジェクトに参加することだった。
このプロジェクトはに、さまざまな国から若者が集まり、共同生活を共にしながらプロジェクトを遂行するものだった。

朝7時から12時までの5時間がトレイル整備の肉体労働で、昼食後シエスタをとり、夕方からサンセットまでビーチで過ごした。
毎日、それの繰り返しで、週末になると港町から船に乗って周辺の小島を巡っていた。
その島では、太陽と海と共に生きていた。そこで過ごす日々のリズムに、カルチャーショックを覚えながらも、とても有機的でどこか腑に落ちている自分がいた。
そのリズムは、島にかぎらず地中海圏では当たり前のことかもしれない。だけど、僕はそのリズムを「島」で知り、「島」として体験した。
この「島」として体験したことで、僕にとってはじめての島の原体験としてインプットされたのである。

そして、結局のところ、10年経った今でも、そのミラッツォでの生活のリズムに憧れていたりする自分がいる。
いま求めているライフスタイルは、そこにあるのかもしれない。

そんなことを思いながら、これからもSHIMA TRIPしようと思います。

 

 

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プロフィール
明石 タカフミ(さとうきび畑)

明石 タカフミ(さとうきび畑)

編集 / ライター / 写真

1981年 神奈川県出身。二宮町在住。
法大博士課程単位取得退学。専門は地図表現、空間情報学、都市形成史。
在学中に環境活動家のポール・コールマン氏に出逢い、環境活動を行う。
その後は、研究と環境活動を軸に、
マップコンシェルジュ、地図製作、農民、山小屋勤務、主夫を経て現職。

島の原体験は、イタリア南部のシチリア島。
祭と神社と酒と温泉が大好き。Nikon F/F3を主に使用。
島歴:シチリア島・リパリ島・ストロンボリ島・ボルネオ島・スマトラ島・サモシール島・礼文島・利尻島・網地島・大島・直島・硫黄島・石垣島・西表島・波照間島・与那国島など

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