鳥羽港の北東1.4㎞、伊勢湾に浮かぶ三重県では最大の島。縄文式・弥生式土器が出土し、古墳も多数見つかっています。織田信長の命を受けて村上水軍を打ち破ったことで有名な九鬼水軍大将で鳥羽城主の九鬼嘉隆が関ヶ原の戦いで敗れ自刃した地としても知られており、首塚や同塚などの史跡もあるようです。

南西から北東に長い島で、南西部にある桃取町、北東部にある答志町答志、答志町和具の3つが主な集落。漁村である北東部の答志と和具地区の入り組んだ裏路地の散策は、近年観光客に人気となっているようです。

文化的には「寝屋子(ねやこ)」という独特の制度が残されている島だそうです。

「寝屋子(ねやこ)」とは、中学を卒業した男子が、寝屋親と呼ばれる世話係の大人のもとで数人が集まってともに寝起きをするという制度です。日常生活全てを寝屋子で過ごすのではなく、寝るとき以外は自宅に戻って食事をしたり仕事をしたりして、夕食後に寝屋子に集まってくるようです。かつては毎日夕食後に集まっていたようですが、現在では(土曜日が漁業の休みになるのでその前日の)金曜日の夜に集まることが多いそうです。

寝屋子では漁業を学んだり、村の祭り(神祭など)のときに大切な役目を任されたりするようで、メンバーの誰かが結婚すると解散しますが、解散しても、メンバー同士は朋友会または寝屋子兄弟という関係となり、その後も生涯にわたって強い絆で結ばれるとのこと。寝屋子は厳しい仕事である漁業の担い手の確保や運命を共にする海での仕事の団結力を保つための仕組みであったとも考えられているようです。

この制度はかつては西日本の漁村、また鳥羽地区全体にも多くあったようですが、現在では生活様式の変化などに伴い数を減らし、この答志島の答志地区にしか残っておらず、市の無形民俗文化財に指定されています。

大きなイベントとしては、毎年旧暦の1月17 日~19 日に八幡神社の祭礼である「神祭」が行われるそうです。「お的衆」と呼ばれる若者たちが、畳一枚半ほどの「お的」(木組みに紙を張って墨を塗ったもの)を担いで坂を駆け上がると、待ちかねた町民が次々とお的に飛び込み墨紙を奪い合う弓引神事と呼ばれる行事がこのお祭りのピーク。人々が奪い合う墨紙は護符にかわるもので家の戸口や船に「丸に八の字」を書いて、1年の大漁と家内安全を祈願するそうです。

寝屋子制度にもお祭りにもこの島独自の文化が強く残っているようで、とても興味をそそられます。なるべく早めに行ってみたいです!

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  • データ
基本情報

答志島

アジア日本東海

所在地 三重県鳥羽市
面積 6.98 km²
周囲 26.3㎞
最高標高 宮谷峠167m
人口 約2500人(2013年)
アクセス方法 鳥羽港から定期船で和具港または答志港へ15~40分。1日8便。
島内交通 レンタサイクル(和具)
気候 この島に近い気候:鳥羽
天気 答志島
関連リンク 三重県鳥羽市
鳥羽市観光協会
答志島旅館組合
答志島パンフレット 鳥羽市定期船

 

マップ
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