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Shi-jima Trip 久高島 #003「心を満たす」

2017.06.28      Translation of author 日本語

翌朝。朝日を見るために早起きしようと思っていたのに、潮騒を遠くに聞きながら、すっかり朝寝坊してしまった。

本島を発つ飛行機は夕方だったので、早めに島を出て那覇市内を観光してもよかったのだが、
都会の喧噪のなかに戻る気にはなれず、午後3時頃まで島で過ごした。

どこか一人でゆっくり過ごすのに良い場所はありますか、とおかみに尋ねる。

最初は歩いていけるイシキ浜にいこうとしたのだが、
炎天下で暑いかもしれないから、というので、おかみの知っている岩場に連れて行ってもらうことになった。

涼しいし、瞑想するのによいかもしれないよ、と連れていかれたそこは、
切り立った岩の間に、ほこらのように日陰になっているところがあり、
確かにゆっくり座って考えごとをするにはよい場所だった。

もしかすると神聖な場所なのかもしれないと思ったが、
久高島は島全体が聖地のようなものだから、今まで通り、お邪魔させていただくつもりで、岩場に入った。

 

02_523_アセロラ 01_523_カベール岬やどかり

 

これはよく言われていることだが、
久高島は神の島なので、島のものを島外へ持ち出してはならず、
小石や貝殻、珊瑚など小さなものでも、むやみに持ち帰ってはならない。

島の神の怒りに触れて、災いが起こると恐れられているのだ。

それ以外にも、撮ってはいけない所で写真を撮ったり、
御嶽などの神聖な場所に許可なく立ち入ることも禁じられている。
その場所を大切に守っている島の人の気持ちを配慮することはもちろん、
島の神を畏れ敬う気持ちを持って、島で過ごすことが求められている。

おかみによると、最近では、観光客が島の聖地に勝手に入り、枝を折って持ち帰ることもあったという。

近代文明から距離を置き、自然の地形がそのまま残るこのような土地では、
おそらく自然に宿る神の力も、昔のままなのだろう。
風や星、浜辺を洗う波の音が、それを物語っていた。

島に来た人は、この力強い自然が与えてくれるめぐみに感謝し、
島を汚さぬようそっと立ち去らなければならない。

何かを奪おうとか、人よりいい思いをしようという欲を持って島に入ると、
島の人や神の怒りにふれるだけでなく、
島全体を包み込むきよらかなまもりの力まで、弱めてしまうことになるのだから。

 

03_1060_岩場 2

 

岩場で瞑想した時間は、かけがえのないものだった。

最初は久高の神の声が聞けるかもしれないなどと淡い期待をしてみたけれど、
当然ながら特異なことは起こらなかった。

おかみにアドバイスされたとおり、からっぽになろうと意識して、これまでの旅を振り返り、
ゆったりとした気持ちで心を整理するうちに、心の隅にわだかまっていた悩み苦しみも波の音にあらわれて、
いつしか思いや言葉は遠のき、代わりに島のしずけさが、心を満たしていることに気づいた。

そして、その時初めて、「心を満たす」ということがどういうことか、分かった気がした。

何も足りないものがなく、ほしいものもなく、不安も怖れもない状態。
それは、何かを奪ったり、勝ち取った時に得られる快感なのではなく、
ただ、自然のなかに身を置いて、自然の一部であることを感じられたときに、わかることなのだと。

 

04_1060

 

宿に戻っておかみとしばし話す。

岩場で感じたこと、最近の迷いや不安、
やってみたいことや、うまくいかないこと……都会で生活しているときには意識していないことまであふれてくる。

しかし、必要以上に話さなくても、彼女にならわかってもらえるという信頼感をもってしまうのは、
やはり彼女が神とつながっている久高の女性だからだろうか。

芯の強い瞳で微笑み、優しく「あせることないってよ」と、まるでだれかの代弁のように、言ってくれた。

 

 

 to be continued…

 

 

 

 

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