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Shi-jima Trip 久高島 #002「神のおもかげ」

2017.06.20      Translation of author 日本語

裸足で自転車をこぎながら、海岸にそってサイクリングする。

本当に、島の神に敬意を払って、裸足になっているように感じていた。

アスファルトの道はすぐに失われ、土のあぜ道になる。
道の両サイドには南国のシダ類や丈の低いサボテンが生い茂り、水たまりが空を映して川のような道である。
あっという間に西端のカベール岬に着く。

あいにくの曇り空で夕日は見れなかったが、
断崖の上でなにやら秘密めいた狩りをしている野良猫や、
低木の茂みをがさごそ動き回るやどかりを観察しているうちに、夕方になった。

集落に戻ると、雨上がりの村はやはりしずかで、
そこかしこから熟れたマンゴーのような甘い果実のにおいがする。
よく見ると、マンゴーとは異なる黄色いくだものが、大きな木の下にいくつも落ちていた。
あまりにかぐわしい芳香なので、においがするたびに自転車をとめて木を探すほどだった。

 

 01_1060_カベール岬猫

 

そして、美しい鳴き声。イソヒヨドリだ。

その名のとおり水辺に多く生息し、日本各地にいる鳥だけれど、私は今まで一度しか見たことがなかった。
オスは頭部と背が灰青色で、胸が赤褐色、翼が黒い。
つがいが多いのか、そこかしこで誘うように鳴いている。

イソヒヨドリは元来、複雑な鳴き方をするそうだが、
久高島のこの鳥はみな同じ独特の長い節回しをもっていた。

物悲しくメロディアスで、まじないのように繰り返される澄んだ鳴き声をきいているうちに、
忘れていた何かを思い出しそうになる。

意味のあるコトバなのに、意味が分からずもどかしい、そんな歌いかたである。

 

osu_523 03_523_イソヒヨドリ2

 

家々はどれも伝統的な琉球建築で、
漆喰で固められた屋根と石垣をもち、屋根にはシーサーが鎮座して家を守っている。
そのたたずまいは静謐で美しく、近代的な本土の町並みとはまるでちがうきよらかさがあった。

宿に行くと、高校生くらいの女の子が部屋に案内してくれた。
この民宿はふだんは女主人が一人できりもりし、沖縄本島の高校に通っている寮暮らしの娘さんは、
たまたま夏休みで帰ってきていたようだ。

自宅を民宿にした小さな宿だったが、畳の小部屋は清潔で風通しがよく、快適に過ごせた。
庭ではアセロラが赤い実を付け、玄関にはサンキャッチャーがきらめいていたのを覚えている。

 

04_523_民家1 05_523_スクガラス

 

夕食は島の数少ない食事処を利用しようかと考えていたが、
「今から両親の家で食事するんだけど、一緒にどうですか」と、宿のおかみが誘ってくれた。

そこで、おかみのご両親に当たる老夫婦と、おかみと娘さん、親子三代で水入らずの食卓を囲むところに、
あつかましくも寄せてもらうことになった。

食事はどれもおいしかった。
珍しい野菜をつかった炒め物やあえものが並び、
スクガラス(青魚の稚魚を塩辛にした沖縄の伝統食、独特のエグみが癖になる)や
グァバの実(緑色の実は硬くて渋みが強かったが、おかみは「これくらいかたい方が私は好きなの」と言っていた)などをいただいて、
テレビを見ながら気楽な食事を楽しんだ。

そうめんの大箱が届き、高校生の娘が家のなかに運び入れる。
旧暦のお盆に親戚があつまったときに、ちゃんぷるーにしてみんなで食べるという。
「本土の人は、ゆがいてだしをつけて食べるんでしょう」と物珍しそうに聞かれた。
沖縄ではそのような食べ方はしないらしい。

 

05_1060

 

久高島に来たのだから、島の神事やイザイホーについても少し聞きたいと思い、
おばあさんにお話をうかがってみる。

時が移り、彼女はもうノロではないけれど、彼らのゆたかな海のような価値観は、
時代によって波立つこともなく、神も信仰もごく自然に、島には脈打っているようだった。

そして、ときおり見せる元シャーマンの厳粛な深い目の色は、
娘とそのまた娘にも、引き継がれているような気がした。

 

 to be continued…

 

 

 

 

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