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アオガシマトリップ#008「大海原の謎」

2015.06.04      Translation of author 日本語

 

金毘羅神社を離れた後、集落の中に在る渡海神社にもお参りをした。渡海神社もどこから境内なのか、そもそもそういう(境界のような)概念があるのかすらもよくわからない形態だった。そして東台所神社のそれよりは小規模だけど美しい玉石段があり、イシバサマがいくつかあった。

途中までしか行けなかったが東台所神社も、金毘羅神社も渡海神社も、伊勢神宮とか明治神宮などに代表されるような本土にあるいわゆる一般的な神社のイメージからは程遠かった。あんまり独特なので、最初はなにか少ししっくりこない感じがあった。それでも、そんな青ヶ島の神々にご挨拶をして、ただ手を合わせていると不思議と心が静まり清々しい気分になった。

それから僕らはゆっくりと三宝港方面に向かってみることにした。三宝港を目指して島の東側を南に向かっていく道中、2手にわかれる分岐点がある。右側を進めばトンネルを抜けカルデラ内に入っていくのだが、一方、左の道はどこまで続いているのか、前回この道を通ったときから気になっていた。時計を見ると、あおがしま丸の到着まではまだ少し時間があった。

「こっちの道、気になるから、ちょっと行ってみようか。」

僕らはちょっとした探検気分で左の道を少し進んでみることにした。その道はきちんと舗装されていて車の走行には何の問題もなかった。ただ、そこはカルデラの外輪山の外側にあたる場所のはず。とすると、この島の外観写真を見る限り、どこで崩れていても不思議ではない。また特に崩れていなくても、どんどん道が細くなっていってUターンする場所がなく戻るときにバックし続けるような事態になることも心配だった。ときどき車を降りて歩いて周囲を確認したりもしながら、とにかくその道を進んでいく。すると遂に車両がその先に進めないように進入禁止のチェーンが現れ、その少し手前に車が駐車できるスペースがあった。

進入禁止の表示が掲げられているチェーンの先にも崖を降りて行くように一応道は続いている。車を降りてチェーンを越え、少し歩き進んだ場所から足元を見下ろすと、崖の下に小さな埠頭が見える。そこは崖の崩壊によりアクセス道路が寸断され今は閉鎖されてしまった大千代港らしかった。僕らのいる道のすぐ先の斜面にもガッツリと土砂が崩れたらしい跡が見てとれる。そんなむき出しの赤茶けた斜面は荒々しいが、その崖の上から見る海は絶景だった。それは普通の海とは何かが違っているように感じられた。

 

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その“違い”がなんなのかを確認したくて、もう少しその場所にいたかったが「あおがしま丸」の到着も迫ったきたので、いったんその場を離れ三宝港に行くことにした。

三宝港に着くと、前日に比べて風はなく海も穏やかな表情だった。まもなく沖の方に定期船「あおがしま丸」が姿を見せ、港に人々が集まってきた。

レンタカー屋や商店を営むご主人や駐在さんの姿も見える。金毘羅神社を案内してもらった廣江さんや、昨晩サウナで一緒だった若者は、「あおがしま丸」で島を離れるようだ。埠頭にはクレーン車やフォークリフトが荷物の運搬に備えて待機している。フェリーがゆっくりと埠頭に近づくにつれて、人々の動きがあわただしくなる。そして、フェリーはくるりと向きを変えるように船先を沖に向けて埠頭に船体を横付けした。

クレーンで荷物が下ろされる中、埠頭からフェリーにブリッジが掛けられた。そのブリッジを通って乗客が3名下りてきた。そのうちのひとりは井島さんで、僕らはようやくの再会を喜んだ。そんな僕らの脇では忙しく荷物が運搬されている。そんな風に定期船の発着に合わせて三宝港があわただしくなるのもヘリポートと同様、この島の日常の風景となっているようだった。

 

 

村の人たちがみんなで一緒になって船から降ろした物資を車に詰め込んでいる。その場に居合わせた僕たちもなんとなく自然にその作業を手伝いながら、井島さんがひとりで過ごした八丈島での様子を聞いた。

その後、3人で三宝港を一通り散策してから三宝港を後にした。そして車で宿へと向かう道中、さっき行った大千代港へもう一度3人で行ってみることにした。

一度行ったことのある道を行くのは、初めて行く道と比べてずいぶん気持ちに余裕ができる。まったく同じ道のりも気分的にはずいぶん近く、時間的にもずいぶん短く感じられる。余裕があるからなのか、初めての時には見えていなかった景色に気が付くことも多い。

先ほどど同じように進入禁止のチェーンまで行って車を停め、埠頭の見える場所まで歩く。そこから見る海はやはりなにかが違って見える。

「ここの“ウナバラカン”は…、八丈島とか他の場所で見る海と、またなんか違いますね」。井島さんがそうつぶやいた。

井島さんの“ウナバラカン”という言葉にピンときた。そう、海というより海原という感じ。海が広いというか大きいというか、視界いっぱいに海原が広がって迫ってくる風景なのだ。と思った時に「水平線は目の高さに来るんだよ」と廣江さんが繰り返していた言葉が頭に浮かんだ。

そして「そう言うことか」とその時ようやく言葉の意味が腑に落ちた。

水平線が目の高さに来るということは、見る地点の標高が高ければ高いだけ水平線も高くなると言うことだ。通常は標高が高くても視界の下には山なり木なり地面だったりと、なにかしら視界から海を遮るものがある。でもこの崖の上から海を見ると、水平線は高く視界の下には山も木も地面も視界を遮るものが何もない。だからここから見る海はこれまで経験したことがないほど視界いっぱいに海原が迫ってくるということなのだろう。

その広い海原はどこまでも青く、上空の雲が白く反射していて、常にゆらゆらと止まることなくうごめいている。それはとても素晴らしく、いつまでもいつまでも眺めていたい風景だった。

 

 

 

 

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