リシリレブン#002 「色と温度と信仰」

2015.01.05      Translation of author 日本語

 

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利尻島は島というよりもむしろ、海に浮かぶ山といった方が正しいかもしれない。山の裾野の僅かな平地に人々の営みがあり、島のどこにいてもその雄大な頂を眺めることが出来る。ふと島の風を浴びてぼんやりしていると、無意識にその頂きを眺めてしまう。その頂に雲がかかっているならば、どうにも不満感に覆われて落ち着かない気持ちになる。その頂きの存在は絶妙で、大好きなあの娘を想うようなワクワクする感じもあれば、毎日何気ない手作り弁当を作ってくれる母親のような温かさもある。さらには父親のような厳しさと懐の深さも感じられる。その険しい頂きと美しく広がる裾野は、それら家族のような表情をもっているようで、その存在をもう少し近くで感じてみたくて、僕はその山を登ることにした。

まだ日が昇る少し前に僕らは目を覚ました。

まだ目の覚めないままに山支度を済ませて民宿のダンナから朝食代わりのお弁当を受け取り民宿を出発した。それは、まだ早朝4時前だった。

利尻山の頂には厚い雲がかかっていて、それは全く晴れる気配を感じさせない重量感のある雲だった。そんな重量感を吹き飛ばすかのごとく、登山道の入口には多くのハイカー達が集まり準備体操をしていた。それらの半数は空港で見かけたような世代のハイカーで、利尻山の登山口で少子高齢化社会の到来を実感するとは思いもよらなかった。

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登山道をしばらく登ると厚い雲の切れ目から眼下に集落が見えた。それは鷲泊(わしどまり)と呼ばれる地域だった。

鷲泊は、利尻島の北部にあっていくつかの集落から形成されている。その中でもフェリーターミナルのある本町と栄町が名前の通り鷲泊の中心となっていた。フェリーターミナルの脇にはペシ岬と呼ばれる岬があって、その岬は港を覆いかぶさるように突き出し、鷲泊の自然の堤防となっているようだった。湾と岬の位置関係を見ていると、その関係性は与那国島の久部良漁港に似た風景に見えた。

厚い雲はときおり冷たい風を吹きさらし、僕の体力を消耗させた。その冷風はなかなかの冷たさで薄手のフリースにハードシェルを重ねた装備でもじんじんと伝わってきた。それは寒さというよりも、冷たさといった方が確かで、関東の冬にある冷たさではなくて、もっとさっぱりとした切れ味のある冷たさだった。僕は、感覚的にはじめて味わうその冷たさに興味と恐怖を覚えた。

興味と恐怖の間をさまよいながら登り続けていると厚い雲の層を抜けて晴れ間が広がった。

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それまでの冷涼な風はまったく消えて、強い日差しが肌を刺激した。ジンジンと熱が伝わってくるのが分かる。僕は直ぐにフリースを脱ぎTシャツになった。

雲が切れると、少し広がりのある場所に辿り着いた。そこは馬の背のような地形で、先にある利尻山の頂をきれいに望むことのできる場所だった。地形にそうように緑が広がり、窪まった地形の隙間にある雪渓の白が際立って輝いていた。空は青く、帯状の雲が少しかかっていてそれまでの厚い雲に覆われた薄暗い雰囲気は全く消えていた。

その広がりのある場所で撮影をしていると、後から多くのハイカーがやってきては記念撮影を撮影していた。そして、気が付くと僕らは一人の初老の女性と会話をしていた。

そもそも僕らは撮影が目的で、登頂することは考えていなかった。撮影するために程よいところまで登り、撮影が済んだら下山して鷲泊で行われる御神輿を見に行く予定だった。そして、この少し広がりのある場所が撮影に最適な場所であったし、撮影が済んだらここから下山しようと決めたところだった。

そんな理由を女性に説明するも、女性は信念を曲げなかった。

「いいや、君たちはまだ若いんだから山頂まで登りなさい。昔、私は頂上まで登ったわ。今はもう歳でここまで登るのがやっと。ここで頂を見て下山するわ。その代わり君たちは頂上まで登りなさい。必ず。」

「でも、僕らは下山して御神輿を見たくて、、、。」

そんな問答を繰り返しているうちに、なんだか説得されてしまい、先の予定のことは考えず、その頂を目指すことにした。

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少し広がりのある場所から約二時間歩いて、利尻山の山頂に着いた。そして、その頂には利尻山神社の小さな社があった。社には船外機のスクリューがくくりつけられていて、島の漁師の信仰が厚い様子が伺えた。山頂からはあの冷たい風を吹きさらした厚い雲が眼下に広がり、雲海のパノラマが広がっていた。

初老の女性に説得されて登頂したとき、宮本常一の父の教えの一節を思い出した。

“村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ、そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあっ たら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはかならずいって見ることだ。高いところでよく見ておいたら道にまようようなことはほとんどない。”

山頂から島を一望して、一通り島の位置関係を把握した。実際の空間を眺める作業は、地形図を眺めることとは全く違うし、脳内に入ってくる情報も全く異なる。その色や温度は地形図からは読み取ることが出来ないからだ。

初老の女性は、僕に何を伝えたかったのかは分からない。それは登頂する素晴らしさや山頂からの美しい眺め、もしくは精神的に開放されるその感じだったのかもしれない。そしてその時、僕は一つ理解した。山頂で僕が受け取ったもの。それは、利尻島の色と温度と信仰だった。

 

 

 

 

 

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