ヤエヤマトリップ#008 与那国景(与那国島)

2014.11.04      Translation of author 日本語

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予定を大幅に遅れて与那国島に着いた僕らは、民宿の若いスタッフに連れられ日本で最西端の町である久部良(クブラ)へと向かった。
久部良には漁港があり、そこは老人と海の主人公である糸数さんが暮らしていた場所だった。
スクリーンの中でみた景色が間もなく眼前に広がると思うと、映画の世界に自分が放り込まれたような不思議な気持ちになった。

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久部良の漁港は入江になっていて、西側が隆起していて数十mほど盛り上がっていた。
その高台に灯台が立っていて、そのふもとに日本最西端の碑が立っている。
宿泊する民宿はこの灯台が見える位置にあって、漁港の目の前だった。到着が遅れた僕らは、夕食を済ませ疲労にまかせて床に就くことにした。

翌日、日の出後の間もなく後に目が覚めた僕は、寝ぼけ眼に宿を飛び出し散歩にでた。
あてもなく、集落を歩いた。その朝の色は都会にはない穏やかで健やかな温かみのある色で、静かに風が吹いている。
それは港町独特の生ぬるい感じの質感で、遠くに釣り船のエンジン音が聞こえる。

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集落を抜けると、山の裾野に出て道幅3mくらいの舗装路にでた。道の両脇は密林に覆われていて、アダンの果実が黄色く色づいていた。
森の茂みから遠くに西崎の灯台が見えた。早朝から路頭に迷う理由もなかったので灯台を目指して歩くことにした。舗装路を下ると砂浜にでた。
西崎の灯台への道はここから急な坂を登る。
目の覚めていない身体を振り絞って急坂を登り、高台へと出た。そこが日本最西端の場所だった。

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与那国島をぐるりと一周回ることにした。レンタカーを借りて久部良から祖納(ソナイ)、比川と時計回りにドライブした。
祖納では集落を歩いて見て回った。ビーチで一汗流し、神社にお参りをした。禊ぎとお参りは旅には欠かせない行為の一つだ。
祖納にある神社には鳥居のある本州でよく見られる神社のようだった。本州の感覚でその鳥居を眺めていると、ごく自然な景色に見られるが、八重山独自の景観の中に鳥居をみると少し違和感を感じる。
八重山地方を訪れてみると、鳥居のある神社が圧倒的に少ない。地形図に記されている神社のポイントへ行ってみると、神社ではなく、御嶽(うたき)であることの方が多くて鳥居のようなシンボルは少ない。
それよりもむしろ、石敢当やシーサーなど琉球独自の信仰が集落に散りばめられている光景をよく目にする。これらの要素は、八重山地方の色や香り、気候風土に非常にマッチしているように思う。
一方、鳥居はというと針葉樹の森に囲まれて在るのが本州では一般的で、針葉樹の少ないこの辺りの景観との狭間で違和感を覚えた。

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祖納を歩いていると、道端に長命草が生えていた。歩道の脇の僅かな隙間や宅地と宅地の隙間、与那国の隙間を埋める様に長命草は生えていた。
旅の間、長命草は一つのキーワードになっていた。西表島で食べた長命草となまり節の和え物が美味しくて、それから僕らは長命草をよく食べていた。
与那国島に着く頃には、長命草の葉の形を覚え始めていて、いたるところに自生する長命草を見つけては喜んでいた。
そして、どうしたらこの長命草を本州で育てることができるか、なんてことを南中に差し掛かる祖納を歩きながら考えていた。

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昼食を済ませて祖納を見て回った後、次の集落へと目指した。
峠をこえると先に集落が見えた。それが比川だ。急な坂を下ると歩道の垂れ幕にペイントをしている女性達が見えた。

その白い垂れ幕には赤字で「自衛隊基地誘致に断固反対!!」と書かれていた。その他の集落では、そのような垂れ幕を見ることはなかった。
むしろ、軒先の戸にボロボロになった戦艦のポスターが張ってある家が多く見られた。ペンキで文字を描く技術が上手くて、その描く姿に見入ってしまった。

文字を描く女性の中で、どうも見覚えのある女性がいた。話しかけてみると、それは石垣島で与那国島のフライトを待っている時に出逢った家族だった。
彼女らは与那国在住で、僕らと同じフライトで石垣島から与那国島に戻るところだったという。結局、彼女らは僕らより一便遅いフライトで与那国島に到着したそうだ。
そんなそれぞれの旅の話をしながら、話は自衛隊基地誘致の話に移っていた。僕らが与那国島を発つ日に、防衛相の小野寺氏が与那国島にやってきて基地誘致の着工式を行うという。
その話を聞いて合点したところが幾つかあった。

たとえば、僕らが宿泊している宿に観光客らしからぬスーツ姿の会社員が多く宿泊していて、バケーション感が薄らいでいる宿だなと朝食を取りながら考えていたりした。
またある場所では、道路の舗装工事が行われていてキレイな二車線の車道と歩道が、いかにも法律で定められた通りの品質で整備されていた。
そのクオリティは確実にジャパンクオリティだった。
この島のこの部分の道路にそのクオリティが求められるのか?と疑問が湧いたが、この基地誘致の話を聞いて状況が腑に落ちた。

中国との緊張が高まる日本の西の果てで起きているイマを見た瞬間だった。自衛隊はレーダーを設置し監視体制を強めるという。
その女性らの意見は(基地を作ることにより)逆に標的となること、レーダー設置による住環境のへの影響や生態系への影響を懸念していた。
その時、与那国島は揺れ動いていた。僕の目にはそう映った。
本当は思いもよらぬ状況を知って、僕の心が揺れ動いていたのかもしれない。

自衛隊は国を守りたいのだし、女性らは島にすむ人々の健康や島の生態系を守りたいのだ。
みな、守りたいものがあって、守ることに対して行動を起こしている。やっていることは同じなのだろう。
島を見て腑に落ちた気持ちと少しもやっとした気持ちを携えて、僕らは、サンセットを眺めに西の果てへと行くことにした。

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島のサンセットは、僕のざわついた気持ちを落ち着かせてくれた。西崎の辺りに吹く風は強く、少し窪んだ場所に風から逃れるように体育座りをした。
そして、ゆっくりと静かに沈む日本で最後に沈む夕日を見届けた。

ヤエヤマShimaTrip最後の夕日に感謝の意を込めて、少しだけお祈りをした。

 

 

 

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