ヤエヤマトリップ#007 老人と海と僕(与那国島)

2014.10.30      Translation of author 日本語

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僕の本棚には新潮文庫の「老人と海」が何冊かある。
どれも古本屋で購入したものでボロボロだ。
ボロボロであることにはもうひとつ理由があって、その本は僕のジーンズの後ろポケットに入っていることが多いからだ。
けれど、一度も読みきったこともなく、最初の50ページくらいを何度も読み返してはキューバにいる気分になり、その本は本棚へと戻る。
僕にとって、その本がどういった意味合いをもっているのか、自分でもよくわからないが僕にはなくてはならない物語の1つである。

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そしてある時、「老人と海」というタイトルの映画に出逢った。
感覚的に面白そうだと思ったときには、YouTubeで予告篇の再生ボタンを押していた。
てっきりキューバを舞台にした老人と海の実写版かと思いみると、字幕の表示がなく、登場する人物も東洋人のように見えた。
内容は老人が小舟に乗ってカジキを釣るドキュメンタリー映画であり、そこには原作と同様のストーリーが展開されていた。
その老人の容姿から、中国やベトナムで撮影されたものかと思っていたが、よく言語を聞き取るとそれは日本語だった。
その言語を聞いた瞬間にゾクッと身が震え、衝撃が走った。それが僕と与那国島の出逢いだった。

 

西表島、波照間島を巡った僕らの最終目的地はこの与那国島だった。日本で最も西にある有人島で日本で最後に日が沈む場所だ。

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波照間島の港でよったんと別れ、高速船で石垣島に戻った。
西表島と波照間島で数日過ごすと、石垣島が大都会に見える。そして山手線のようなバスに乗って空港へ向かった。

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与那国島へ向かう飛行機は、小さなプロペラ機で機内は少し蒸し暑かった。
その蒸し暑さには、中国のローカルバスに乗った時のような心理的に不安になるような要素が含まれていた。
少し不安気持ちを抱きつつ、調子よく回るプロペラを眺めながら機体の離陸を待った。

定刻を迎え、機体が動き出そうとした瞬間、電気系統がダウンすると共にプロペラの回転数がみるみるうちに速度を落とし、静寂とともにプロペラは停止した。
少しざわめいた機内を制するようにCAより機体故障のアナウンスが流れ、乗客はみな空港内のロビーへ戻ることとなった。ロビーに戻り改めて機体の状況説明を受けた。
航空会社の説明によると、エアコン系統の故障で修理が必要だそうだ。修理には部品が必要で、その部品を沖縄本島から取り寄せることになる。
ただし、その部品で機体が治るかどうかは取り付けてみないと分からないそうだ。
仮に機体の修理が無事に済み、与那国島に向かうことが出来るのは6時間〜8時間後になるという。

CAは申し訳なさそうに説明しながら、空港内で使えるクーポン券を配布し始めた。僕らは、与那国行きの次のフライトの空席待ちを申込みつつクーポン券を手に入れた。
そんな状況に陥った他の乗客は、みな途方に暮れていた。愚痴をこぼす人もいた。
携帯電話で連絡をとっている人もいる。僕は、飛行機が飛ばなければ石垣の市街地に戻り、ゲストハウスにでも落ち着けばいいや。
なんてことをぼんやりと考えていたら、それはそれで面白そうという思考に落ち着いてしまった。とはいえ、与那国島に行けないかもしれないという、なんとも言えない空虚感は払拭できなかった。

そして、クーポン券を片手にフードコートへと向かった。落ちた気持ちを上げるために、寿司と生ビールを食べることにした。クーポン券のお陰で強気の注文ができた。
生ビールで気を緩めつつ、内地では味わうことのない寿司をいただいた。周辺には帰省前におみやげを購入する観光客が沢山いて、中国語のような耳に慣れない言語が飛び交っていた。
ひとしきり、ぼんやりとした僕ら三人は、保安検査場を通って出発前のゲートへと戻ることにした。そして、ゲートの前の椅子に座ると眠気に襲われた。

そのまま腕を組みうたた寝していると、かつてマレーシアの空港でも同じような体験をしたことを思い出した。

 

そのときは、たしかボルネオ島からスマトラ島へのフライトだったと思う。
機体に乗り込み無事に離陸し、予定時刻通りに空港に着陸した。順調な旅だなと思いつつ飛行機を降りて辺りを見渡すと、どこか見たことある景色だった。
そう、出発した空港に戻っていたのだった。空港のゲートで改めて事情を聞き、機体が故障したため引き返したそうだ。

そして今回と同じようにゲートの前の椅子で次のフライトを延々と待ち続けた。
そのとき、一緒に動向していた大学の先生の眠る姿がとても印象的で、椅子から身体を投げ出し荷物を盗んでくださいと言わんばかりの爆睡をしていたのである。

 

うたた寝をしながら、そんなボルネオ島でのトリップを思い返していると、CAがやってきて次のフライトに乗船出来るよう手配したことを伝えてくれた。僕らの与那国島行きが現実のものとなった時だった。

老人と海に導かれ、僕はようやく与那国へとたどり着いた。

 

 

 

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