波照間島の満月

2014.09.08      Translation of author 日本語

「満月の日に波照間島にいること」― 。

2014年4月に行った八重山諸島への旅では、どの島に行くか、どういう日程でどのくらいの予算でいつ行くかなど、何も決めていない段階で「満月の日に波照間島にいること」だけは最初から決めていた。なぜ「満月の日に波照間島にいること」なのかは、自分でもよくわかっていなかったがそれに対して何か疑問を持つこともなく、当たり前のようにそこから逆算してすべてのスケジュールを組んでいた。

バタバタと準備をして旅に出た。特に細かい予定は決めていないので旅に出てからその日一日を、そして翌日をどう過ごすか考えながら進む、そんな旅。だから毎日、その一日を充実させることに精いっぱいで西表島を満喫して波照間島に着いた頃には、いつが満月なのかとかそんなことはもうあまり気にも留めていなかった。

そんな波照間島での2日目、昼間に見つけた“ナリパマというサンゴ礁のビーチ”と、そのすぐ北隣にあるナリパマよりは広いけど、とはいえ“こじんまりとしたでも誰かのために作られたように完璧なビーチ”をハシゴしながらサンセットを堪能して宿に戻ろうとしていた僕たちの前に、とてつもなく大きな満月が姿を見せた。

東の空で輝くその満月のあまりの存在感に圧倒されながら、そういえば「満月の日に波照間島にいること」をなぜか最初に決めていたのだと思い出した。

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宿に戻ると昼間の疲れもありいったんは早めに就寝したのだが、夜中に一度目が覚めるとどうしても「満月」が気になって眠れなくなり、夜が明ける前に一人で起床し、サンセットを眺めた“こじんまりとしたでも誰かのために作られたように完璧なビーチ”へとバイクで向かった。

夜明け前のビーチにはもちろん誰もおらず、満月は西の空に移動していて、海からビーチに向かって絵に描いたような光の道を作りだしていた。とても美しく神秘的で、どこか神話の世界の中にでもいるような光景だった。ぼんやりとその光景を眺めながら波の音を聞いていると、ここ10年程のいろんな出来事が思い出された。

10年程前、僕は日本を出てアジアを放浪しはじめた。その理由はいろいろあるが、当時僕の家に居候していた友人(以下A)が突然死んだこともその大きなきっかけの一つにあった。

アジア放浪生活の最初の頃はたくさんの人と出会ったり、できるだけいろんな国々を回ろうとしたりしていたが、しばらくすると、そういうことはどうでもよくなってきた。ただ頭の中をゆっくりと整理したくて、できるだけ長く日本を出ていたいのだという自分の本心に気が付いた。そこでとにかく長く旅を続けるために物価の安い国を目指してインドに入ることにした。そういえばインドに行こうと決めた夜も満月で、島にいた。タイのパンガン島でフルムーンパーティを眺めながらそう決めていた。

僕が月の満ち欠けをはっきりと意識するようになったのは、そんな風にアジア~インドを放浪している時期だった。

旅をしながら放浪しながら、いろんな場所でいろんな価値観に接しながら、自分の頭の中を整理していると、日本にいたときの自分がどうでもいいことばかりに縛られていたように思えてきた。それまで大事だと思っていたいろんなことが、どんどんどうでもよいことだと思うようになっていった。いろんなことがどうでもよくなると、何かをしようという目的をあまり持たなくなってきて、自然と予定も立てなくなり、そうなると移動をするのすら面倒になってくる。ただ、ずっと移動しないのはさすがにマズイ気がして、「次の満月が来るまでに移動しよう」と決めることで、それを移動のモチベーションにしはじめた。

空の広いインドの田舎は、日本の都会に比べて、ずっと月を眺めて暮らしやすい環境だった。そして月を眺めて暮らすうちにすっかり月のリズムや動きに詳しくなった。自然のものである月のリズムに自分を合わせることは心地よく、そしていつしか月の満ち欠けが一番信頼できる自分の暦になっていた。

インドは慣れればいくらでも安く暮らすことができ居心地もとてもよかった。ゆっくり考え事をするには最高だった。とはいえ、日本を出てから約一年。放浪をはじめてから12回目、インドに入ってから6回目の満月を迎え、半年間のインドのビザが切れる頃には、さすがに所持金も底をついた。そんな事情もあり、また、その頃になると少しは頭の整理もできた気がしたので、ようやく僕は日本に戻る決心をした。

日本に戻るとまず亡くなった友人Aのお墓参りに行くことにした。Aのお墓は島根県の松江にある。松江には今から15年ほど前に東京で知り合った別の(女性の)友人(以下B)も住んでいて、そういえば、Aのお墓参りに行ったときにBに会い「波照間島」の話を聞いたことがあったかもしれない・・・。

考えてみたら、その名前もわからない“こじんまりとしたでも誰かのために作られたように完璧なビーチ”のことも(同じビーチのことかどうかはわからないが)、その時にBから聞いていたような気までしてくる。夕方、サンセットを見ながら感じた既視感のような不思議な感覚はそのせいだったのかもしれない。

その松江でのBの話を、僕は波照間の“こじんまりとしたでも誰かのために作られたように完璧なビーチ”で満月を見ながらゆっくりと思い出していた。

それはBが一人で波照間島に行った旅の話だった。2人とも相当に酔っていたはずだ。細かい部分はほぼ覚えていない。ただ波照間の浜辺で満月を見たこと、その浜辺やその満月がすごかったと言う趣旨のことを話していたのはぼんやりとだが確かに記憶の片隅にある。

おそらく僕が「波照間島」を行きたい場所として明確に意識したのはBにその話を聞いたときからだ。インドから帰ったばかりで月の満ち欠けに敏感になっていた僕は、「満月」というキーワードと一緒に深層心理にインプットしていたのだろう。

だから今回の八重山の旅で直感的に「満月の日に波照間島にいること」が最初に心に浮かび、その結果、今この光景の中にいるということなのかなと、バラバラに存在していた点が徐々につながり線になっていく。

そんな思い出に耽りながら、その見つめていると吸い込まれていきそうな「波照間の満月」が、「友人Aの死からちょうど10年が経ち初めて迎える『満月』にあたるのか!」ということにようやく気が付いた頃に、少しずつ空が明るくなり、その不思議な長い夜は終わり、また新しい朝が来た。

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旅に関して僕は普段あまり細かいスケジュールは立てない。基本的に行き当たりばったりで、それこそ旅の醍醐味だとすら思っている。ただ月の満ち欠けは特別な素晴らしい道しるべだと意識している。それは貴重な“目に見える”自然のリズムであり、当然、自然の賜物である生命のリズムにも呼応するはずだと感覚的に理解している。

次の旅は「新月」の頃になりそうだ。